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脱オタビジネスって大成しないと思っているという話

はじめに
服は趣味というジャンルであると共に最低限の一般教養でもある。
上の一文を見て望ましいと感じるか疎ましく感じるかは人それぞれかもしれないが、現代日本においては(ある程度)基本的な共通認識になっているだろうと思う。
どこからどこまでがセーフでどのライン未満になってしまうとアウトとなり、趣味以前の問題としてファッションで不利となるかは明確な基準はないと思うが、いずれにせよ趣味としての側面を持つはずなのにファッションが著しく悪いことにより様々な場面で不利益を被ることがある。これは恐らくほとんどの日本の若者に浸透している考え方であろう。

ということで、特に(私の中で転換期となったと感じている)電車男の以後、脱オタ関係の書籍なりブログなりといったものが色々出てきた。また、各種ファッション誌なんかでも「こういうボトムの時はこういう合わせ方をしましょう。」等というような初心者向け講座もよく見るようになった。

恐らく最も有名な脱オタ系サイトとしては、脱オタクファッションガイドなのだろう。(URL→http://www.oxiare.net/fashion/)
こちらも書籍化されており(初版が2005年)、(二十四の瞳理論に基づく)一昔の脱オタを目指す若者にとっての一助となったはずだ。
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かく言う本ブログも、脱オタファッションよりも上を目指してはいるものの、基本的には初心者向けの解説を基本とした記事を書くことが多い。
しかしながら、私は脱オタビジネスでは小遣い稼ぎ程度はできても大儲けはできないと思っている。
こういった理由から本ブログではアフィリエイトはつけていないしつけるつもりもない。そもそもFC2ブログの場合は、予めブログを作成するときにアフィリエイトというカテゴリを選んでおかなければ後からアフィリエイトに切り替えることができないはずである。(やろうと思えば外部リンクに誘導する等の方法で金儲けもできるのだが。)
こう考えている理由を今から書いていく。
ちなみに私の中での大成の条件としては従業員を雇った上で社長の私がほとんど仕事をせずに食っていけるというものである。あくまで私は楽こそが人生というどうしようもない男なのだ。


①ファッションを「教える」ことの難しさ
カッコいい服を着ていること=脱オタなのか
なかなか曖昧な話となってしまうが、カッコいい服を着ている状態を作ることができればそれでオッケーなのか。
オッケーと思う人もいれば、オッケーじゃないと思う人もいるだろう。
私はオッケーじゃないと思っている。
理由として、自ら服をセレクトできるようにならなければ意味が無い、こう考える人も私以外にいるだろうと思う。
「これがオススメですよ」という情報を提供しているサイトもたくさんあるし、サラッと調べてみた限りでも買い付け代行サービスのようなものもあるようである(最低予算2万円を出して買い付け業者と何回かやり取りを行った上で買ってきてくれて通販してくれるらしい。)。
来週の合コンに行く服がない!等の場合には別にこれでもいいのだろうが、他人の意見に振り回されている状態が続くのは当然好ましくない。

極端な話、他人の情報をそのまま鵜呑みにしていいのであれば、自分と似た体型の人の服を追い剥ぎして着ればそれでいいわけだ。
追い剥ぎはさすがに犯罪なのでやめておくとしても、その人に上から下までどこで買ったものなのか聞けば良い。

こういった状態でも「脱オタできてる」と言える人であれば別にそれでもいいと思うが、そうでない人も多いと思う。
自力でちゃんと選べないと、今後もずっとそういった他者の情報に頼りっきりになってしまうからである。

つまり、他人が提案したちゃんとしたファッションをすることはできても、自らでちゃんとしたファッションができない状態となる。

なぜ脱オタの中でさえも段階が生じているのか
ということで、脱オタファッションができていると一言で言っても実情は大分差がある。
だからこそ、私はできればあまり具体的なアイテムをオススメするということはしたくない。
本ブログを読んで真に受ける人はそうはいないだろうが、それは考える機会を失わせているだけであるからだ。

では、「他人の提案に沿ってちゃんとした服を着る」ということと「自分でちゃんとした服を選べる」というのは何が違うのか。
無断転載してきた画像であるが、記憶というのは大きく分けて2つに分けられる。(画像の無断転載でも文句言われにくいのも非アフィリエイトブログの良い点であろう。)
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この中で「自分でちゃんとした服を選べる」というのは非陳述記憶にあたる。
非陳述記憶とは簡単に言ってしまえば「体で覚えた」という状態である。よくある例としては自転車の乗り方。
自転車の乗り方って他人に対して文章で説明のできるものではない。また、一度習得してしまえばそれなりに長持ちするものである。
これこそが「ファッションセンス」であり「審美眼」の正体なのである。
どんなに高尚な競輪選手の書いた「自転車の乗り方」という本があったとしても、それを読んで理解すればすぐさま自転車に乗れるわけではない、ということは皆様御存知のはずだ。
ハンドルを切る時にはバランスをこうやって~、とか、ペダルを漕ぐ時には漕いでる側に体重が傾いてしまう、とか口で言ってもこんなのはまず意味が無い。実際に自転車に乗りながら、(多少転ぶこともあるだろうが)自分自身で自転車の乗り方を学んでいくしかない。
(余談だが私の卒業した自動車学校には、学科教本とは別に教習教本というものもあった。読んでおいて損はないものなのかもしれないが、私の周りは当然誰も読んでいなかった。)

当然こういった自転車や車の運転でさえも、どうしようもなく上達しない人はいる。それこそまさに「センスが無い」という人なのだろうが、そんな人は多くはないはずである。(たまに教習所に遅々として進まない奴がいるが。)
服の審美眼についてもこれと同じく、自転車が乗れない人と同数ぐらいにはどうしようもない人がいると思うが、100人いたら99人は大丈夫なのではないかと考えている。全員とは言わないが、ちゃんと練習を積めば大多数の人がファッションセンスを手に入れることはできるのだ。

さて、その練習であるが、練習についてはブログ等の文章でも語れる部分が大きい。あくまで行動レベルの部分だからである。
上に貼った画像でいうところの、「陳述記憶」だからである。
「自転車の乗り方」の本を書くのは難しくても、「自転車の乗り方の練習方法」に関する本は文字で書くことができる。「まずは補助輪を付けて走ってみましょう」だとか「後ろから支える棒みたいなもので誰かに支えてもらいましょう」とか。(なんとなく自転車の練習に効果のありそうな例を挙げただけなのでこれが本当に自転車の練習に意味があるかは不明。)
こういったノウハウのような部分だけが人が別の人に教えることのできる部分なのだ。

以上のことからの本ブログの基本的な考え
だからこそ、本ブログではなるべく具体的なアイテム名を出すということはしたくないのだ。
しかしながら、(特定の個人を批判するつもりはないということを先に述べておくが)ファッションブログでお金を儲けたい人にとっては具体的なアイテム名を出すことが必須となる。
「このアイテム紹介するから俺のブログ経由で販売があったら売上の一部を俺にバックしてよ。」という約束を予め特定のブランドとしておくわけである。場合によっては「このブログ大勢の人が見るから俺が紹介したら売れるから先にお金ちょうだい。」としている場合もあるだろう。
つまり、ファッションブログで金を得るには特定のアイテムを紹介するしかないわけである。
(私のやり方でも、私のブログを見た方が”どこか”の服屋で服を買ってくれれば、ファッション業界全体を潤わすことには繋がるのだが、それによって特定の服屋が私に金など出すはずがない。)

具体的なアイテム名を出しているブログはブランド名を読者に紹介しているだけではないのだろうか
更に言えば、具体的にコレがいいですよ、と紹介しているブログ。
これってそのアイテムを紹介しているだけではなく、ブランド名をも紹介していると言えると思っている。
例えば前述した脱オタクファッションガイドでは、ボトムとしてリーバイス501をイチオシとしている。
本稿の大筋とは異なってしまうので簡潔に説明するが、リーバイスといえばジーンズの元祖であるし501もリーバイスの最も有名な形である。(ジョブズも穿いていた)
この記述を見た時に、服の分からない人はどう思うか。(脱オタクファッションガイドが発売されたのは10年以上前なので)「リーバイス 店舗」と検索をかけて近所のリーバイスの取り扱いのある店に行くのだろう。当然皆様のご存知の通り、実店舗まで行けば501の他にも色々な形のジーンズが置いてあるわけだ。
ここで大人しく501を買う人もいれば、504、505、510あたり(どれも細身のシルエット)をも吟味の対象とする人もいるだろう。
問題は、その脱オタクファッションガイドを鵜呑みにした人は、リーバイスが良いと紹介されている時点でリーバイス以外のジーンズブランドはまず見ない点である。
当然、同価格帯でジーンズを作っているブランドは山ほどある。そういったブランドの全てを見るべきとはさすがに言うことはできないが、何ひとつとして見ずにリーバイスの中で完結してしまいがちとなる。
つまり、「○○というブランドの△△というアイテム」をオススメしている時には、その○○というブランドを紹介しているどころか、鵜呑みにしてしまいがちな人にとっては○○というブランドで縛ってしまうことにも他ならない。(それこそがブランド価値でありプライオリティみたいなものなのだが。)
どれだけネット通販が盛んになったとしてもこの傾向は変わらないだろう。やはり、審美眼に優れる第三者(しかしながら本当に第三者が完全ニュートラルな状態で紹介しているかについては熟慮したほうが良い)がオススメしている以上、間違いなく安心感はあるからである。

逆に言ってしまえば有料のメルマガ等を読んでいる人は、「金を払った上でいくつかのブランドを紹介してもらってる上にその紹介されたブランドに縛られかねない」という実情を理解したほうがいい。
本屋に行って適当なファッション誌の中で「これいいな」と思った服があれば、ほぼ必ずどこかにその服がどこのブランドのものであるか明記されているはずである。(一部スタイリスト私物というのもあるが。)それをフワッとでいいので覚えておいて、実店舗に行った時なりネット通販なりに思い出せるようにしておけば、金をかけずに同じことができてしまう。


②コンプレックス商売であるから
①が本ブログの本題であるので、ここからはスピードアップして書く。
結構前になるが、美容整形外科の顧客のクレカ情報が流出してしまい、相当な額の訴訟となったことがあった。
もちろん単なるクレカ情報の流出でも損害賠償の請求の対象となりうるのだが(2chの●流出の時は完全に逃げたのだが)美容整形外科という要素があった事により普通の顧客情報漏洩よりも多くの金を払うハメになったそうである。
わざわざこういった例を挙げずとも、美容整形外科に行ったということは秘密にしておきたいことであることは誰でも分かる。

これらに関わらず、家庭教師なんかも「ボクは家庭教師つけているザマス」等と言う人はあまりいない。私も学生時代に金が欲しくて家庭教師をやっていたことがあったが、家族の要望によってわざと私服でお宅にお邪魔していた。近隣住民にスーツ姿の家庭教師っぽいやつが家に出入りしていることを見られたくなかったのだろう。
あくまでこういったコンプレックス商売は影の存在であり、表に出て「ワイの功績やで~」と主張するものではない。

これと同じ、どころか更に強烈な難しさがファッション業界にはある。
美容整形外科や家庭教師は、プロセスの部分を隠せればそれでいい。「生まれた時から二重でしたけど?」「特に手段を講じなくても勉強できますけど?」と言う(主張する)ことができるからだ。
しかし、ファッションは違う。誰かが作った服である以上、「自分が選んで自分が着ている」のだ。まさかゴミ箱でたまたま拾ったものを着ていると嘯く人もいないだろう。(嘯くの使い方が微妙におかしいと感じた方は賢い。)
着ている服が安いものであろうがセール品であろうが、選んで着ているということを我々は知っている。

これによってどう悪影響が出るのか。
細々と「こういう服いいですよ」とやっているのであればいいが、ブログの購読者が増えれば増えるほど知名度が増してくる。
どこまで事業を大きくできるか、大きくできるだけでも大したものなのかもしれないが、事業が大きくなるに従って「あいつのあの服ってあのブログのパクリじゃん」と嘲笑される可能性が高まってくるわけである。
つまり、金儲けのためには、なるべく事業を拡大させたいにも関わらず、事業を拡大させればさせるほどコンプレックス商売としては意味がなくなってきてしまう。
どのラインで頭打ちになるかは不明だが、必ずどこかで頭打ちとなる瞬間が来るのだ。


③結局金がかかる
服というのは決して安くない。
服の値段とその他の値段を比べることは非常にナンセンスなことであるのだが、ユニクロのシャツを1つ買う金で焼き肉ぐらいは普通に食べれてしまう。
それよりも高額なアイテムを揃えているセレクトショップであれば、全身1セット揃える金でハワイに行けるぐらいの額である。
服というのは確かに布だけど、色々考えられた試行錯誤の上の布である、という考えを持つ私であるが、それでもやはり服自体が全体的に高いのは否めない。
ファストファッションならお値打ちでいいっしょ、という考えの人もいるだろうがそもそも服なんか本当に着れればいいと思っている人も多く、仮にファストファッション中心でブログを書いたとしてもそれに興味を惹かれる人は全体の中でそう多くはないのである。

これが例えば「恋愛術」とか「スピーチ上達術」とかであれば、あまりコストをかけずに実践することもできるだろうが、ファッションに関してはまずは買わなければ話が始まらないのである。


④具体的なアイテムに対するネガティブイメージを発言できなくなる
お金を儲けようとした場合、当然ブログの読者はお客様である。故に言っておくと本ブログの読者は残念ながらお客様ではない。
こうなってくると、悲しいかな、多少はブログ読者の顔色をうかがいながらブログを書かなくてはいけなくなる。
これは、気ぃ使うのダリーわ!とかそういう話ではない。
ブログ読者が多く持っているであろうアイテムに対して「このアイテムは要らないでしょ」という発言をしにくくなる。

例えばの話、ケミカルウォッシュや裏返すとチェック柄の出てくるチノパンなんかは世間的に批判の対象となっており批判の対象としやすい。お金儲けブログであっても批判しているものをよく見る。
しかしながら、今流行っている、クラッチバッグやチェスターコートなんかをハッキリと「お金が余って余って仕方ないというわけじゃないならやめたほうがいいぞ」と批判することはあまりない。
なぜならば、自分のブログ読者、即ちお客様がそういったアイテムを持っている可能性が非常に高いからである。

こういった配慮があるせいで、特にお金儲けファッションブログは、今流行りのものについてストレートな批判をすることができないという状態になってしまっているのが問題であると思う。
散々述べてきたことであるが、流行っているもの=絶対的に良いものではない。


⑤見下し
最後に私の考えを。(①~④も私の考えなのだが。)
基本的に他人を見下して「教えてやる」というスタンスの商売は必ずフラストレーションが溜まってくるものだと思っている。
ファッションに詳しいからエラい、というような短絡的な思考はないが、当然情報というのは持っている人から持っていない人に渡っていくものである。
こういった状態は精神衛生上あまり宜しくないものである。「なんでわかんねーんだよ」「自分で調べろやバカ」とイラだってきてしまうものである。
前述した家庭教師のアルバイトもそうであるが、携帯ショップのアルバイトもそうであった。見下しの商売というのは(個人のパーソナリティにも依存するのだろうが)中々苛立つ。
当然、仕事として割りきっているのだろうし、世の中には教師を始めとする見下しの商売が沢山存在するのは事実であるが、少なくとも私は脱オタビジネスを中心に据えて飯を食っていくことができるほど気が長くはない。
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